修士論文を書き終えたときに感じたことは、
このままで、本当にプロの研究者になれるのだろうか
という不安でした。
早稲田大学の場合、博士号を取るためには、国際的な科学雑誌に2本か3本投稿しなくてはならないことになっていました。
普通は、指導教員との共同研究で論文を書くのですが、僕の場合は、指導教員と研究内容がかけ離れているため、基本的にほとんど指導なしで修士論文を書きました。
博士課程の3年間で、国際的な雑誌に投稿できるレベルまで一人であげていくのは難しいのではないかと思いました。
さらに、午前中は非常勤講師のアルバイトをしていたので、研究に使える時間が短く、今後、研究が本格化するにあたって、もっと研究に使える時間を確保したいという気持ちがありました。
そのとき、研究室の先輩から紹介してもらったのが、理化学研究所のプログラムでした。
理化学研究所というのは、日本でも有数の研究機関の一つです。
それは、理化学研究所の研究室に早稲田大学の博士課程の学生のまま在籍し、そこで行った研究によって博士号もとることが可能であるというプログラムでした。
最先端の研究機関で、バリバリの研究者の人たちに接しながら勉強できる・・・
さらに、報酬として30万円ほどが支払われるとのことで、そのプログラムに参加できれば、僕の悩みは一気に解決しそうな気がしました。
僕が行きたいと思った研究室は、名古屋にあるバイオミメティックセンターというところで、生物の動きを工学的に再現することを目標としているところでした。
自律分散システムという新しい制御方法がメインテーマになっていて、生物の動きを非常によく再現したロボットなども作っていました。
最近、「粘菌の知能」の研究でイグノーベル賞をとった中垣さんも、その研究室で真正粘菌を使った実験をしていました。
この研究室で、実際に粘菌を使った実験を見たりしながら、新しい制御理論も勉強することができれば、研究者としてのスキルを身につけることができるのではないかと思いました。
修士論文の内容を中心に、研究内容をまとめ、申請書を送りました。
書類審査を無事通過し、2次審査は審査員の前での研究発表でした。
「細胞性粘菌の密度変化による振動解への分岐」というのが、僕の発表のタイトルでした。
5人くらいに審査員の前で発表したあと、審査員の1人が質問しました。
僕の研究を根底から否定するような質問でした。
「これは、物理じゃないでしょ。」
「物理っていうのは、第一原理から導くものでしょ。」
「非線形の方程式を使って、いろいろパラメータを変化させれば、そりゃいろんなグラフを描けるけど、そこからどんな結論が導けるの?」
この話題に関しては、負けられないと思い、次のように答えました。
「私は、この研究が伝統的な物理の手法に沿っているかどうかについては興味がありません。」
「それは、生物という対象は、伝統的な手法によるアプローチでは理解可能ではないように思えるからです。」
「ですから、生物を理解するための新しい手法を考えるべきだと思っています。」
「新しい手法を考えるときに、分子生物学から得られたデータをもとにモデルを作り、そこから何かを発見しようとするアプローチには将来性があると思います。」
その後、名古屋へ行き、研究室を訪問しました。
研究室のリーダーは、大槻教授と面識がないということで、あまり僕を歓迎している感じではなく、
「これは、指導教員同士の打ち合わせが必要になるんだけど、大槻さんのことは知らないんですよ。」
ということを繰り返し言われました。
「君は、制御理論については勉強したことがないんですよね。入ってから苦労するんじゃないですか。」
「3年間で博士号を取らせるため、こちらにも責任があるから・・・」
とも言われました。
僕としては、おしかける形になっても、なんとしてでも理研に潜り込みたいと思っていたので、
「やったことのないものは、必死で勉強すれば大丈夫です。」
「やる気には自信があります」
など、とにかく必死で自分の将来性をアピールしました。
その後、中垣さんと粘菌についてディスカッションをしました。
同じ分野で研究している人とディスカッションをしたのは初めてでした。
ここで一緒に研究したら楽しいだろうな!と思いました。
東京に戻って、しばらくすると理研から通知が届きました。
補欠1位
というのが、その結果でした。
補欠が繰り上がるかどうかが判明する日は、早稲田大学に博士課程の進学通知を提出する翌日でした。
大槻教授に相談に行くと、
「理研に行くのなら、大槻研究室に在籍できるが、理研に行かない場合は、大槻研究室に在籍できる人数を超えてしまうからだめだ。」
ということでした。
補欠1位が繰り上がることを見越して、大槻研究室に博士課程に残ることにした場合、補欠が繰り上がらなかった場合に、身分が宙に浮いてしまうことになります。
大槻教授と相談したのが、博士課程の進学通知の提出締め切りの前日。
翌日までには、決断を下さなくてはなりません。
理化学研究室のプログラムはとても良い条件だったので、合格した人が辞退するということは考えにくい気がしました。
非常に難しい状況に追い込まれてしまいました。
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