粘菌には、大きく分けて2種類あります。
1つは、たくさんの単細胞アメーバが合体して多細胞生物になる細胞性粘菌。
僕が、修士論文でテーマとして扱ったのは、こちらです。
こちらから画像をお借りしました。
もう一つは、細胞核はたくさんあるものの、あくまでも1つの細胞質を共有し巨大単細胞アメーバになる真正粘菌。
イグノーベル賞を取った中垣さんが扱っている粘菌は、こちらの真正粘菌です。
こちらから画像をお借りしました。
どちらも、「生きている状態」を考える上でのモデルとして扱いやすいので、昔から多くの研究者が素材として扱ってきました。
僕も、細胞性粘菌をテーマに選んでいましたが、真正粘菌についても論文を読んだりしていました。
真正粘菌は、好物のオートミールがあるとオートミールに近い側から遠い側へ向かって原形質流動の脈動の波が生まれ、その位相の進む向きの逆向きにアメーバが移動し、その結果、オートミールを取り囲んで消化し始めます。
一方で、嫌いな青い光が当たると、今度は青い光と反対側のほうから青い光に近い側に原形質流動の脈動の波が生まれ、その位相の進む向きと逆向きにアメーバが移動するので、結果として青い光から逃げることができます。
当時、この性質を、非線形振動子を結合したモデルで説明している論文を読んでいました。
その論文には、
2つの仮定
・オートミールがあると、局所的に非線形振動子の振動数が高くなる。
・青い光が当たると、局所的に非線形振動子の振動数が低くなる。
を与え、
空間的に結合した非線形振動子では、振動数が高い側から低い側へ位相が進む性質があるため、オートミールと青い光に対するアメーバの運動パターンを説明できる
と結論付けていました。
僕は、それまで、「非線形振動子では、振動数が高い側から低い側へ位相が進む性質がある」ということを知らなかったのです。
この結果を、自分の細胞性粘菌のモデルにあてはめてみました。僕の使っていた数理モデルでは、
「局所的に密度が高いところ(=振動数が高いところ)から、局所的に密度が低いところ(=振動数が低いところ)へ波が伝わる」
となります。細胞性粘菌は、cAMPの化学波の波が来る方向へ細胞が移動する走化性があるので、もし、密度が高いほうから低いほうへ波が伝わるのであれば、その結果、細胞は密度が高い場所へ向かって集まることになるので、さらにその場所の密度が高くなり、密度に対して正のフィードバックがかかることになります。
つまり、こういうシナリオを描くことができるのではないかと思ったのです。
・アメーバ細胞集団の個々の細胞は、全く均質なものでよい。
・細胞分裂を繰り返すうちに、アメーバ細胞の密度が高くなってくる。
・アメーバ細胞の局所的な密度がある閾値を超えると、「その場所」がcAMPを周期的に分泌するようになる。
・「その場所」がcAMP波の中心となり、cAMP波のターゲットパターン、または、スパイラルパターンができる。
・cAMP波に対する走化性により、アメーバが「その場所」に集まってくる。
ここまで考えてから、先行研究では、cAMPパターンの中心をどのように考えているのかということに興味がわき、調べ始めました。
すると、
・遺伝的なばらつきにより、いくつかのアメーバがcAMPを周期的に分泌し始める。このアメーバをペースメーカーと呼ぶ。
・他のアメーバは、cAMPシグナルを受け取ると、興奮して、cAMPを分泌する興奮性を示す。
・アメーバ集団は、ペースメーカーに向かって集まる。
というストーリーでほとんどの研究が進められていました。
そんなことがあってたまるか!!
僕の中では、細胞性粘菌の集合という現象は、自己組織化現象の一例でなくてはならず、それゆえ、たとえ粘菌アメーバが均一であったとしても、ある種の対称性の破れによって、集合が起こるというストーリーでなくては受け入れられなかったのです。
僕にとって、安易に「ペースメーカー」などを登場させて、それらしい結果を得るということは、研究の根幹に横たわる思想を放棄する自殺行為でした。
「ペースメーカーがなくても、粘菌アメーバが集合できる仕組みを提出すること」
研究の方向性が、急激に先鋭化してきました。
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